2024年2月22日 物流の基礎知識
パナマ運河で起きている水不足危機?その原因と物流における影響
「パナマ運河」という言葉は物流に携わっていない方でも一度は聞いたことがあるかと思いますが、そんなパナマ運河が最近危機的な状況にあったことをご存じでしょうか。
<パナマという国>
パナマは南北アメリカを繋ぐ位置に存在する国で、東はコロンビア、西はコスタリカと陸で接しており、東西の長さはおよそ600kmあります。 一方で南北は共に海に面しており、北にカリブ海、南に太平洋が広がり、パナマ運河が位置する地点での陸地の幅はおよそ70km(東京から小田原までと同じくらいの距離です)と、東西に細長い地形となっています。 この幅の狭いところを貫通する形でパナマ運河が通っています。
<パナマ運河の重要性>
パナマ運河は1914年に開通した太平洋とカリブ海/大西洋を繋ぐ運河で、多くの船がこの運河を通り、太平洋とカリブ海・大西洋の間を行き来しています。
アジア方面から北米東岸港など、太平洋側から大西洋側に海路で抜けようとする場合、パナマ運河以外では南アメリカ大陸の南部にあるマゼラン海峡やドレーク海峡を通過することとなります。 南アメリカ大陸をぐるりと回ることとなり、その航海距離はパナマ運河通過と比べて1万数千キロも長くなり、航海日数も20日程多く掛かります。 反対に北アメリカ大陸の北側、つまり北極海については通年で氷に覆われており、コンテナ船などの商業船舶が航行できる環境にはありません。 このように航海距離/日数や航路環境を見てもパナマ運河が交通の要衝と呼ばれていることが分かるかと思います。
<パナマ運河の仕組み>
運河と聞くと高低差のない平らな水路を思い浮かべるかもしれません。 パナマ運河は太平洋とカリブ海に接続しており、その地点は勿論海抜0メートルとなりますが、運河の途中には標高26メートルの高さにあるガトゥン湖があります。 言うなれば船 は“山”を越えて進んでいくことになるのですが、閘門(こうもん)という仕組みを利用して、この高低差のある運河を通過しています。
閘門は仕切りで区切られた区画(閘室)の水量を増減させることで、水面の高さを変えることができる仕組みのことで、エレベーターのように船ごと水面を昇降させて、高さが異なる水路間での移動を可能にしています。 パナマ運河では太平洋側、カリブ海側でそれぞれ3つの閘室を通過していくのですが、1隻の船がパナマ運河を通過する際には約2億リットルの水が海へと流れ出ていくこととなります。(標準的な25mプールで換算すると350杯近くの水の量となります!)
<パナマの水源と水不足>
パナマは熱帯性気候に属し、12月下旬から4月上旬までの乾季と4月下旬から12月上旬までの雨季に季節が分かれています。雨季と言っても日本の梅雨のように一日中ずっと雨が降っているのではなく、大気が熱せられて発生した積乱雲により午後の時間にスコールのような雨がざっと降ります。 パナマの年間降雨量は太平洋側が1500~2000mm、カリブ海側はもう少し多く3000~5000mmとなっており、日本の平均年間降水量である約1600mmと比較しても多くの雨が降り、この雨によってもたらされた潤沢な水がパナマ運河を支えています。
そんな雨の多いパナマですが、2023年は過去100年で最大の干ばつと呼ばれるほど、雨が少ない年となりました。 干ばつを起こした原因は日本でも良く耳にする『エルニーニョ現象』が関係しています。
エルニーニョ現象は、南アメリカ大陸沖の赤道付近の太平洋の海水温が平年よりも高くなる現象のことで、日本では冷夏や暖冬となることが多いですが、パナマや南米大陸の北部地域では年間を通して平年よりも高温となり、雨季の期間中の降水量は減る傾向となります。
【参考】エルニーニョ現象発生時の世界の天候の特徴|気象庁
https://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/tenkou/sekai1.html
雨季での降水量が減ったことでガトゥン湖の水位は低下し、雨季の真っ只中である9月頃は例年であれば海抜26メートル程まで水位がありますが、2023年9月では約24メートルと例年に比べて2メートルも下がっていました。 この水位の低下により運河の通航にも影響が出ており、①閘門で使用できる水量に制限が掛かり、通航できる船の数が抑制された、②ガトゥン湖での座礁の危険性があることから通航できる船の大きさや積載する荷量が制限された(喫水*制限)、という2点で影響が出ました。 運河を通航しようとする船舶が運河の両側の海洋上で待機する状況が続き、一度に輸送できる量が抑制されたことで輸送コストが上昇し、サーチャージが導入されるなど、物流費への影響も生じました。
※喫水(きっすい):船が浮いている際の水面と船底までの垂直距離。貨物積載量が多くなるほど、船は沈むため喫水は大きくなります。
水不足と言っても海に接しており、大量にある海水を閘門に使用すれば良いのでは?と考える方もいらっしゃるかもしれません。 水は上から下に流す方が簡単であるのは明白で、閘門に流す水も上流にあるガトゥン湖から供給されています。 また閘門に水を送り込む設備は海水によって不具合を起こす可能性が高く、淡水を使用することとなっています。 もし海水を使用するとなるとポンプ等で高い地点まで汲み上げることになる為、設備的にもコスト的にも容易ではなく、生活用水としても使用されているガトゥン湖の水に海水が混じることで塩害が起こることも考えられるため、採用されていません。
<パナマックスと運河の拡張>
パナマ運河は閘門を使用した運河である点はご説明をしましたが、その閘門の大きさや水深から通航できる船の大きさも決まっており、パナマ運河を通航できる船の最大の大きさを「パナマックス(Panamax)」と言います。 多くの大型の貨物船は、出来るだけ多くの貨物を輸送できる、且つこのパナマ運河を通過できるサイズであるパナマックスの制限値ギリギリで設計・建造されており、パナマックスが船舶設計の一つの重要な要素となっています。
パナマ運河は2016年に拡張工事が行われ、新たな運河が引かれたことで通過できる船舶の大きさも拡大しました。その新たな最大の大きさは「新パナマックス(New Panamax)」と呼ばれています。 船舶の長さや幅、喫水の値は増大しましたが、最大高(水面から見た上部方向の上限)に関しては運河途中にあるアメリカ橋をくぐれる高さとなる為、新旧で変化がありません。
〇パナマックス
全長:294.1メートル
全幅:32.3メートル
喫水:12メートル
最大高:57.91メートル
〇新パナマックス(パナマックスとの比較)
全長:366メートル(+約72メートル)
全幅:49メートル(+約17メートル)
喫水:15.2メートル(+約3メートル)
最大高:57.91メートル(±0メートル)
新パナマックス級のコンテナ船は1万2千TEUの積載が可能となり、パナマックス級貨物船である約5千TEUから大幅に巨大化しました。
<最後に>
海上輸送に於ける要衝であるパナマ運河とその水不足問題を見てきました。気候変動によりこのような問題は今後も起こり得ると思います。 社会全体で環境問題への取り組みを続けていくと共に、輸送に関しては事前の備え、代替手段を考えておく必要があります。 商船三井ロジスティクスでは、そうした際の代替案もご提案させて頂きますので、お気軽にお声がけください!